ほとんど毎日フィットネスジムへ通ってはヨガをしているネリコ。
行く途中に、神社がありまして。
天気の良い日はふらっと散歩がてらに寄るわけです。
八幡系の氏神さまですが、御社がピンクでかわいいんですよ。
いつもピカピカに手入れがされて、心地の良い地元の神社です。
ふらふらっと行きましたら、鳥居をくぐって左側に岩があります。
いつもは目に入らないんですが、その日はパッと目に入ってきました。
「おーい」
声をかけられたかな?
見ると、綿毛が頭に3つ、緑に染まってご機嫌そうな岩と目が合いました。
なに、あの岩……。
ピンクの社殿に手を合わせて、帰る時もなんか岩が気になります。
わざわざ近寄って見てみました。
しめ縄なんかされちゃって、ものすごく大事そうです。
黒曜石に彫り込まれた有難い説明文には、「さざれ石」とありました。
神社で知った「さざれ石」の由来
その説明によれば、
“国家「君が代」にありますとおり、「千代に八千代に」長い年月を経て雨で溶けだした石灰石によってさざれ石が固められて巌(いわお)となったものです。
1つ一つは小さくとも寄り集まれば、やがては大きく大成し繁栄することをあらわしています。”
さざれ石とは小さな石たちのこと。
しめ縄のされた大きな岩をみると、たくさんの小さな石がごてごてとくっついていました。
い、いわお?
巌だったの!
ネリコはここでものすごい勘違いに気が付きました。
国家を覚えた(覚えさせられた?)のは、小学校の低学年だったと思いますが……。
長野オリンピックで日本の国家である「君が代」が流れるたび、「暗い曲だなぁ〜」「じめじめしてぇ」と思ってきました。
アメリカの元気そうなリズムを聞くと羨ましく思ったこともあります。
子ども心に国家は響かず。
「せっかく金メダルをとったのに……くらっ!」でした。
勘違いしすぎていた「君が代」の意味
君が代の歌詞って意味不明ですよね。
小学生のころはなおさら単語としてわかるのは「苔」だけです。
だから、勝手に頭の中でこうなってました。
君が代は
千代に八千代に
さざれ石の巌(いわお)となりて
苔の蒸すまで
小学生のネリコよ、ちょっと惜しい。
「巌(いわお)となりて」だったのか。
「岩お隣て」だと思ってたよ。
切るとこ違ったー!漢字も違うけど。
苔が生えてくるまで「岩」の隣にいる「君」の歌だと思ってたよ。
となりのトトロ的な。
「苔、生えちゃうんだ……」って切なく思っていたの。
君が代の意味。
たぶん、小さいころのネリコの中で「石の上にも三年」ということわざと国歌がドッキングしたんだと思う。
しかし大人にもなると、「君が代」の「君」ってだれだよ。天皇か?
なんて、歴史を学んで荒れますし。
中学の歴史の授業では君が代の海外の反応がよくないって学んだりしてね。
先生からは「日本が敗戦してからは、君が代のことを良く思っていない国もあります。国内でも歌う事を嫌がる人もいます。どう解釈するかで専門家でも解釈が分かれているから。」なんて聞きました。
「永遠に君(天皇)の時代だ!揺らぐことはないぜ」みたいな軍国主義を国民全員がうたうのはどうなのかという意見があるそうですわ。
ネリコはどっちでもないかな。
日本史って、だいたい天皇家VS政府じゃない?
「神の血を引いてるので特別です」というのは天皇家にとって都合がいいんだと思いますね。権威って大事ですもんね。でも古くから続く家系なので、とくべつな知識を守り続けているんだろうな。(血筋はともかく……権威に目がくらんじゃって、知識の伝承が途絶えないといいけど、なんてね。)
ネリコは血筋を大切にしている姿をひたすら苦しそう、という目で見てしまうんだけど。とくに最近の結婚式問題のゴタゴタは、歴史って繰り返すんだなぁって、「人」そのものだなと感じる次第です。
君が代の成り立ちは
実際のところ、君が代の成り立ちは軍国主義と切り離せない時代背景があります。
君が代は1869年(明治2年)に作られたんです。
それまで日本には国歌と呼べるものはなかったからです。
ちょうど日本が軍国主義を強化して、いよいよ戦争をしかけていく時代ですね。
そこで、イギリス人の軍楽教官フェンライトが「国をまとめる歌があったほうがいいよね」と働きかけたことがきっかけで、和歌に曲を付けました。
古今和歌集から「君が代」を選んだのは薩摩班の人だったそうです。
原型はできたものの「やっぱ感性が日本の精神とちゃうねん」となりまして、何度も何度も作り直しを経て、今の曲に落ち着いてきたのは明治9年ごろからです。
「いわれるままに適当に歌ってきたけど、権力が永遠って歌わされてるなら嫌だな」と思ったものの……
でもネリコの頭のなかでは「…苔が生えてるんだけどね」ってどこかで思ってしまって複雑な気持ちでした。
「君が代」は世界一短い国家
しかし、八幡神社にあるこの有難そうなさざれ石を見ていると、じわじわと「君が代っていい歌詞だなぁ」と思えてきました。
君が代そのものは、古今和歌集から選ばれたもの。
「詠み人知らず」と書かれています。
君が代は作者不明なんですね。
およそ1500年も前から日本にあった和歌、君が代。
どんな人がどんな想いで詠ったんでしょうか。
和歌なら恋文だったかもしれないですね。
慕う人を深く深く想った歌。
たとえ君主に詠んだとしても、腹に一物をかかえてたら詠めなかったと思えます。
それに、現代では和歌は文学だけど、古くは神事のひとつだともいわれていて。和歌を詠むことは、神さまと意思をやりとりするための風習だったんだそうです。だから、君が代の「君」とは、神さまだったかもしれませんね。
この名残はいまでも身近なところにあります。神社でひく「おみくじ」の1番上には和歌がのっています。
和歌に音楽をつけたので、君が代は世界で1番歌詞の短い国歌なんだそうです。
そして君が代は世界一古い歌詞をつかった国歌でもあります。
しかしネリコの前にあるさざれ石は、苔というよりは、もうタンポポやら草がふさふさと生えていて。
てっぺんの3つの綿毛が髪の毛のようでした。
スズメが虫をとりにきて、周りはにぎやかです。
神社のさざれ石は誇らしそうに見えました。
たしかに、長い年月をかけて大きく育ったこの岩には、緑も鳥も、神社に祀られるようになってからは人さえも集まってくるんですね。
いまネリコが見ているみたいに。
その威風堂々とした姿は「繁栄」そのものです。
どのような時代であっても、1つ1つが非力であったとしても、永遠の時に耐えて芽吹くときがくる。
日本語は主語をはっきりかかなくても通じる言葉。
「君」は詠み人にとって特別なだれかであって、今はもうだれでもないような気がします。
しいていえば、「すべての人、ひとり、ひとり」を示しているんじゃないかな。
さざれ石のように。
そして「苔のむすまで」というのはじめじめしているのではなく、「緑豊かに」という意味だったんだなぁと、はじめて「君が代」をきれいな歌だと思ったのでした。